東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1417号 判決
原告 片倉肥料株式会社
被告 松木弘 外二名
一、主 文
被告新アジア通商株式会社は原告に対して金二百六万二千二百八十三円及び金三百九十一万二千九百八十円に対する昭和二十五年十一月八日から同年十二月二十一日まで、金三百四十一万二千九百八十円に対する同年同月二十二日から昭和二十六年二月十九日まで、金二百九十一万二千九百八十円に対する同年同月二十日から同年三月九日まで、金二百四十七万九千七百二十円に対する同年同月十日から同月二十一日まで、金二百三十七万九千七百二十円に対する同年同月二十二日から同年四月二日まで、金二百二十七万九千七百二十円に対する同年同月三日から昭和二十七年八月三十一日まで、金二百六万二千二百八十三円に対する同年九月一日から支払ずみまで各年六分の割合による金員の支払をせよ。
原告の被告松木弘、同小沢国治に対する請求は棄却する。
訴訟費用のうち原告と被告松木弘、同小沢国治との間に生じた部分は原告の負担とし、その余は被告新アジア通商株式会社の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金二十万円の負担を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
第一、申立
原告の申立――「被告等は各自原告に対し主文第一項にかかげた金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める。
被告等の申立――「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
第二、原告の請求の原因
一、訴外株式会社三京(以下「訴外会社」という。)は、昭和二十五年九月九日被告新アジア通商株式会社(以下「被告会社」という。)にあてて金額金三百九十九万四千九百八十円、満期同年十一月八日振出地、支払地ともに新潟市、支払場所株式会社第四銀行本店の約束手形(以下「本件手形」という。)を振り出した。
二、被告松木弘、同小沢国治は同日本件手形の補箋に署名押印して振出人のために保証をした。
三、被告新アジア通商株式会社は、その頃原告に対して本件手形を拒絶証書作成の義務を免除して白地裏書により譲渡した。そこで、原告はその所持人として満期にこれを支払場所に呈示したが支払を拒絶された。
四、本件手形は原告と被告会社との間の肥料の売買契約に基く、売掛代金支払確保のため振出されたものであるが、原告は被告会社に対して金三百九十一万二千九百八十円の売掛代金債権を有するに過ぎないので、本件手形金のうち同金額の請求をすべきところ、被告会社より昭和二十五年十二月二十二日金五十万円、昭和二十六年二月二十日金五十万円、同年三月十日金十万円の内入弁済があり、同年同月売買物件のうち一部の肥料については合意解除の上返品があつたので、その代金相当額の金三十三万三千二百六十円を本件手形金より減額し、更に訴外会社より同年同月二十二日及び同年四月三日に各金十万円の内入弁済があり、そのほかに本件手形の保証人である訴外板倉治作の有体動産に対して強制執行をした結果昭和二十七年九月一日金二十一万七千四百三十七円の競売交付金を受領したので、これらを本件手形金元本に充当して被告等に対し各自本件手形金の残金二百六万二千二百八十三円及び主文第一項にかかげたとおりの年六分の割合による手形法所定の法定利息の支払を求める。
第三、被告等の答弁
一、被告会社――原告の請求原因第一項及び第三項の事実は認める。第二項の事実は否認する。
二、被告松木、同小沢――原告の請求原因第二項の事実は否認する。第一項及び第三項の事実は知らない。
第四、被告会社の抗弁
(一) 本件手形は原告と訴外会社との間の肥料売買契約に基く売買代金支払のために振り出されたものであるが、被告会社は訴外会社が農民に肥料を売り渡して屑米を買い入れる事業についてあつせんをしていたので、原告は被告会社に対して訴外会社は信用がおけないから被告会社の手形の振出を受けるか、訴外会社の手形の裏書をしてもらいたいと要求した。被告会社はこれを拒絶したが、訴外会社より懇請があつたので、やむなく訴外会社の重役である被告松木、同小沢両名の保証があれば裏書をすることを承諾した。その後間もなく訴外会社は被告両名の保証のある本件手形を持参したので、被告会社はこれに裏書をした。被告会社は、以上のとおり被告松木、同小沢両名の保証が真正にされたものであることを信じたればこそ本件手形に裏書をしたのであつて、被告両名の保証が偽造によるものであることを知つていたならば本件手形に裏書はしなかつたのであるから、この裏書はその要素に錯誤があつたものであり、従つて被告の裏書は無効である。
(二) 仮に以上の主張が理由がないとしても、被告会社は被告松木、同小沢両名の保証を条件として裏書をすることを承諾したものであり、この事実は原告においても知つていたのであるから、相被告両名の本件手形保証が偽造により無効である以上、被告の裏書もまた無効であるといわなければならない。
(三) 仮に以上の主張が理由がないとしても、本件手形は被告会社において原告に対し、満期に呈示せず、且つ、他に裏書譲渡をしないことを条件として交付したのであるから、被告会社は本件手形金の支払義務を負わない。
第五、抗弁に対する原告の答弁
被告会社の抗弁は、いずれも否認する。
肥料売買契約は、原告と被告会社との間に成立したのであつて、被告会社は原告より買受けた肥料を訴外会社に売り渡す旨約していたものである。
第六、証拠<省略>
三、理 由
一、請求原因第一項の事実は、被告会社の認めるところであり、被告松木、小沢両名に対する関係においても証人板倉治作の証言(第一、二回)によつて真正に成立したと認められる甲第一号証の一、によつて認めることが出来る。
二、そこで、第二項の事実について判断する。
証人板倉治作(第二回)の証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証、被告会社においてその成立を認め、証人金野兼吉の証言によつて真正に成立したと認められる甲第四号証並びに証人清水三雄、板倉治作(第一、二回)波田野彦衛、金野兼吉、小林清一郎の各証言及び被告会社代表者今成拓三(第二回)(一部)被告本人松木弘、小沢国治各尋問の結果を考えあわせれば、次の事実を認めることができる。
訴外会社は昭和二十五年秋頃農民から屑米を集荷して味噌製造業者等に売り渡すことを企てたが、屑米集荷のためにはその見返り物資として肥料を農民に提供する必要があるので、原告に肥料の売渡を申し入れた。しかし、原告は訴外会社の信用状態を危ぶみ承諾をためらつていたところ、被告会社は屑米の需要業者の代行機関として訴外会社から一括して屑米を買う話合になつていたので、被告会社が原告から肥料を買い入れ、これを訴外会社に売り渡すことになつた。そこで、昭和二十五年九月九日原告と被告会社との間に硫安石灰窒素及び過燐酸石灰代金三百九十九万四千九百八十円相当の肥料の売買契約が成立し、代金の支払を確保するため被告会社は売買代金と同額の約束手形三通を振り出した。そして、被告会社は訴外会社に対して同金額の約束手形の振出を要求し、なお訴外会社のみの手形では不安を感じたので、当時訴外会社の取締役であり社会的に信用のあつた被告松木、小沢両名の保証を強く要求した。被告松木はこれよりさき昭和二十四年六月訴外会社に取締役辞任の申出をしており、被告松木もその後間もなく同様の申出をしていたので、訴外会社の代表取締役板倉治作は同被告等の保証を得られないことは知つていたが、同被告等の保証のついた手形を振り出さなければ肥料を入手することができないので、やむを得ず同被告等の印章を勝手に作成し、訴外会社の監査役波田野彦衛とともに同被告等の住所氏名を記載しその名下に前記印章を押した紙片を作成し、これを訴外会社振出の本件手形に補箋としてはりつけ、被告会社に対して他に譲渡しないようにと念を押して交付した。被告会社は原告の要求によりこれを裏書をした上原告に交付し、さきに原告にわたしておいた被告会社提出の約束手形三通を返してもらつた。
証人原久四郎の証言及び被告会社代表者今成拓三尋問の結果(第一、二回)のうち以上の認定に反する部分は、直に信用することができない。また、甲第五、六号証、同第七号証の一、二丙第九、十号証は前記諸証拠と対比するときは、以上の認定をくつがえすに足りないし、他にこの認定をさまたげる証拠はない。
してみると、被告松木、小沢両名の保証は偽造にかかるものということになるから、原告は同被告等に対して本件手形金を請求することができないものといわなければならない。
三、つぎに請求原因第三項の事実は、被告会社の認めるところである。
四、そこで、被告会社の抗弁について順次判断を加える。
(一)の抗弁について。
手形行為について錯誤があるというためには、手形行為の原因関係について錯誤があつただけでは足りないのであつて、手形行為自体に錯誤がなければならないのであるが、被告の主張する錯誤すなわち被告松木、小沢両名の保証が真実であると信じて裏書をしたのにその保証は偽造であつたという事実は、裏書行為自体に存する錯誤とはいえないのであつて、単に手形行為をするに至つた縁由に関して錯誤があつたに過ぎないものと解される。従つて、仮に被告会社がその主張するように誤信したものとしても、その誤信に基く裏書は要素に錯誤があつたものということはできないから、被告会社の抗弁は採用するわけにはいかない。
(二)の抗弁について。
被告会社は、本件手形にした被告会社の裏書は被告松木、小沢両名の保証を条件としてされたものであると主張するけれども、被告会社提出のすべての証拠によつても、原告と被告会社との間にこのような合意が成立したことは認められないから、この抗弁も採用しない。
(三)の抗弁について。
被告会社は、更に本件手形は被告会社において原告に対して満期に呈示せず、且つ、他に裏書譲渡しないことを条件として交付されたのであるから被告会社は、本件手形金について支払義務はないと主張するのであるが、かような事実を全面的に認めるに足りる証拠はないのみならず、被告会社代表者今成拓三は、第二回尋問の際本件手形は訴外会社から屑米を出させる手段として訴外会社に振り出させたものであつて、被告会社も原告会社も訴外会社に対して訴外会社が屑米を出荷したら本件手形を呈示しないと言明したが、その後訴外会社からは僅かしか屑米が出荷されなかつたので、被告会社としては原告から本件手形を呈示され裏書の責任を問われてもやむを得ない旨供述しており、この供述からしても被告会社の抗弁は採用することができないことが明かである。
五、以上の理由によれば、被告会社は原告に対して本件手形金のうち原告がみずから入金があつたことを自認する金員を差し引いた残金二百六万二千二百八十三円及び主文第一項にかかげたとおりの年六分の割合による法定利息を支払う義務があることが明かである。
よつて、原告の本訴請求のうち被告会社に対する請求は正当であるから認容するが、被告松木、小沢両名に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正)